異空間の入り口

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幼少期の ある夏のお話です。
私の遊び場は小山の頂上に鎮座している小さな神社の境内でした。
その境内は木々に囲まれ、子供の足でも5分とかからずに1周できる広さで
その日、私たちは5人くらいで缶蹴りをしていました。
鬼がカウントをとっている間に、少しでも身を隠そうと必死に木と木の間を走り抜けていました。
いつものようにセミの賑やかな声が響いていたはずなのに、
ふと気がつくとその音が消えていました。
不安に駆られて立ち止まりましたが、周囲は見知った風景ではありませんでした。
どれだけ走っても、いつもの境内に戻ることができませんでした。

みるみる日が落ち始め、門限も近づいていることに焦りを感じましたが、
それ以上に怖かったのは、何も音が聞こえない静寂さでした。
「うちに帰りたい」と涙を堪えながら走り続けました。

周囲が暗くなり心細さが増していく中、目の前に突然石像が目の前に現れました。
その石像から”にゅっ”と手が出て、私に方向を示したのです。
飛び跳ねそうな鼓動の音を聞きながら 必死にその方向に向かうと、
いつの間にか、いつもの遊び場に戻っていたのでした。
そこでは変わらず友達は缶蹴りを続けていて、私がいないことに全く気付いていなかったのです。
そして沈んだ太陽は、なぜか頭上で燦燦と輝いていました。
この不思議な体験にざわめきが止まらず、その日は早々に神社に手を合わせた後、帰宅しました。

翌日になると「道を教えてくれた石像にお礼を言っていなかった」ことが気になり、
再び神社へ向かうことにしました。
ところが、どれだけ探してもその異空間に辿り着くことは、できませんでした。
ふと、「もう ここに来てはいけない」という直感に従い、それ以来その場所を訪れることはありません。

私の心の中には、現実世界の綻びから ぽっかりと口を開けた異空間の記憶は、今なお鮮明に残っています。
その神秘的な体験を通じて、自分が生きている世界と同じように異世界も存在し、その空間は現実と密接に連なっているのだと知ることができたのでした。

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